忘れられぬ言葉

2005年10月28日 (金)

忘れられぬ言葉3~ヴィム・ヴェンダース~

「CRAZY BOY!!(クレイジーボーイ!!)」

――映画監督/ヴィム・ヴェンダース

ヴィム・ヴェンダースは『パリ・テキサス』や『ベルリン・天使の詩』で有名な映画監督である。

先の雑記にも書いたゴールデン街の『深夜+1』で私がよく飲んでいた頃の話――。

一人の客が『ヴィム・ヴェンダースが来てる!』と言いながら慌てて店の中に入って来た。聞けば、ヴィム・ヴェンダースが『夢の果てまでも』の撮影の為に来日し、ゴールデン街でロケをしているとのこと。隠れミーハーの私は早速やじ馬に変身。パッカラパッカラとロケ現場まで馳せると、巨大な撮影用のライトがまるでゴールデン街の恥部をさらけ出させるかのように辺りを明るくしていた。そっと店の影から撮影現場を除き見していると、スタッフと思わしき若い男が私の方へ小走りでやってくる。邪魔だから退け!とでも言われるかな? と思ったら彼は『見ていてもいいですが、そこでじっとしててくださいね』と言う。おっ、ずいぶんと優しいな、と気をよくしてしばらく見ていると、闇の中から神経質そうな顔をした外人の男がスタッフを引き連れて颯爽と歩いて来た。『あ、あれは!?』 そう、その神経質そうな外人がかの有名な世界的映画監督ヴィム・ヴェンダースだったのだ。私のミーハー心は躍った! すると、監督は私に気づいたのか、その顔を私の方へ向けると吐き捨てるように言った。

「CRAZY BOY!!」

そう言って監督は去って行った。『ガ、ガ~~ン!! の、罵られた……』 やはり、撮影現場を覗き見するのはマナー違反だったようだ。どうやら監督は私も含めてゴキブリのようにカサカサと現れる『野次馬ミーハー達』にうんざりしていたようだ。 『じゃぁ、なんで、”見ていてもいいから、じっとしてて”なんて心にも無いことを言ったんだよ~! スタッフめ~!』と愚痴ったところで後の祭り。

『ヴィム・ヴェンダースに罵られちゃったよぉ~ トホホ……』と、うなだれながら私は再び『深夜+1』へ戻った。その一部始終と傷心の想いを陳さんに報告すると、陳さんを筆頭に店の客全員から笑われてしまった――という、ちょっと情けない思い出のある『忘れられぬ言葉』でありました。

ベルリン・天使の詩

ベルリン・天使の詩

  • 出版社/メーカー: ハピネット・ピクチャーズ
  • 発売日: 1998/10/25
  • メディア: DVD

――悔しいから『夢の果てまでも』は観てやらなかった、とても心の狭い文鳥

2005年10月25日 (火)

忘れられぬ言葉2 ~内藤陳氏~

「いいか。大切なのは読んだ本の数じゃねえ。一冊でもいい、そこからどんな大切なことを学びとったかが肝心なんだ」

――俳優/内藤陳

この言葉は、俳優で日本冒険小説協会会長であらせられる内藤陳(ちん)氏の言葉だ。昔、私がエニックス(現スクウェア エニックス)で働いていた頃、私の所属していたソフトウェア企画部が職安通りにあった。 歌舞伎町がすぐ近くだったせいもあって、必然?ながら仕事が終わってからよく一人で飲みに出歩いていた。で、よく行っていた酒場がゴールデン街にあった『深夜+1(プラスワン)』というお店。実はこの店、日本冒険小説協会が公認するお店だった(だった…って、過去形で書いたけど今も元気に営業中) で、そこの主が内藤陳氏。氏は忙しい仕事の合間をぬってはカウンターに入り客たち相手に小説や映画のかなり濃い話をしていた。客層はその殆んどが業界関係者と映画、小説大好き人間ばかり。たまにスゴイ大物作家が現れることもあった。(私は中上健二氏や景山民夫氏、田中芳樹氏に会ったことがある)

ある日、私がカウンター席に座ってバーボンソーダをちびちびやっていると、隣の編集者、もしくはライターとおぼしき男が自分が如何にたくさんの本を読んでいるかを自慢し始めた。あげく酔った勢いか本をたくさん読まない奴はこの店に来る資格はないようなことを言い始めた。私は、あまり読書家ではなかったので、ちょっと肩身の狭い思いをした。すると、その男の話を聞いていた内藤氏がそれまで和やかにしていた顔を厳しくし、その男に向かって言った。

「いいか。大切なのは読んだ本の数じゃねえ。一冊でもいい、そこからどんな大切なことを学びとったかが肝心なんだ。読んだ本の数の自慢なんかしてんじゃねえ!」

氏の若干ハードボイルドが入ったその言葉を聞いた男は今までの勢いをなくし、自分の子供っぽい態度を恥じるかのようにうつむいた。

氏は知る人ぞ知るスーパー読書家だ。『ウイスキーと本さえあれば何もいらない。大地震がきたら俺は本につぶされて死ぬだろう』と豪語する人物だ。その読書家である内藤氏がそのような言葉をはくとは正直、意外だった。それから私は気持ちが幾分楽になって楽しいひと時をすごすことができた。

本は沢山読むにこしたことはない。いろんな知識や知恵、そして人生が詰まっている。しかし、読んでも本に書かれた作者の大切なメッセージを読み取ることができなければ、その本はただの分厚い紙の束にすぎない。そんな本質的なことをサラリと言える内藤氏を見て、私は『ああ、この人は本だけでなく、その本を書いた人間も愛しているのだなぁ…』と思った。

最後に、当時内藤氏が酔うと必ず言っていた(今も言ってんだろうなぁ)決め台詞もご紹介しよう。

「いいか。男には金や名誉もいらねえ。熱いハートと気位さえありゃぁいいんだ」

内藤陳さん。当時は楽しいひと時をすごさせていただき誠にありがとうございました。いつまでもお体に気をつけて、これからもおもしろい小説や映画を若い人達に伝道していってください!

読まずに死ねるか!〈第5狂奏曲〉

読まずに死ねるか!〈第5狂奏曲〉

  • 作者: 内藤 陳
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1994/11
  • メディア: 単行本

 

――店の天井からぶら下がっていた模型の戦闘機の機種名を間違え、客全員から突っ込まれて大恥をかいた過去を持つ文鳥

2005年10月17日 (月)

忘れられぬ言葉1 ~大沢在昌氏~

「小説家になることは簡単だ。小説家でい続けることが大変なんだ」

――直木賞作家/大沢在昌

この言葉は、私が『新宿鮫』や『天使の牙』等で有名な直木賞ミステリー作家(現ミステリー作家協会理事)の大沢在昌氏から聞いた忘れられぬ言葉だ。

私は以前、大沢氏の原作によるテレビゲーム制作のディレクションをはったことがある。氏は大変なゲーム好きで(特にバイオハザードが大好き) そのプロジェクトにも本人自らスタッフのひとりという意識で参加された。普通、氏のような多忙な有名作家がゲーム制作に参加するときは、大抵、元ネタだけ考えて、あとは現場スタッフに丸投げして監修のみというパターンが多いが、氏はそういう手ヌキ?をやらず、ズッポリとゲーム制作に参加された。さすがハードボイルド作家、『半端な仕事はやらねえぜ…』という感じで。

制作を始めた時、私はなれぬ売れっ子作家との仕事に緊張していた。当時に若干の引け目も感じていた。『俺のような無名に近いゲーム屋が、氏のような有名作家に指示を出すような仕事をしていいんだろうか?』そんな弱気な気持ちをいだいていたある日、私は大沢氏に何気に話かけた。

『私って、今まで誰もが知っているようなビッグヒットゲームを創ったことがないんですよね…』

それを聞いた大沢氏が答えた。

『ヨネさん(私のことを氏はこう呼んでいた)って、何年、ゲーム作っているの?』

『はぁ、そうですね… 15、6年ぐらいですか(当時)』

『それで、十分だよ。肝心なのはプロとして食い続けることなんだ。15年もやってこれたのは大したもんだよ。ヒットなんか気にすることはないよ』

私は大沢氏のその言葉に大いに励まされた。そして、つまらない事にこだわっていた自分を恥じた。

『小説家だってそうだよ。小説家になることは簡単だ。小説家でい続けることが大変なんだ』

プロでい続ける。それは、常に自分と、そして絶え間なくそのニーズが変化するユーザーとの闘いだ。少しでも安直路線を考えようものなら直ぐにプロの世界からはじき出される。ただ、私は大沢氏のように一人で闘ってきたのではなく組織の一員としてのプロだったので少しは楽だった。だから、氏の言葉を自分に当てはめ比較するのは思い上がりだとはわかっていたが、私は素直にその言葉を受け止め以後のゲーム制作(大変でした…)の心の支えにしていった。

あれから幾年。もう大沢氏と会うことはなくなったが、たまにテレビや雑誌で氏の活躍されている姿を見ては、その時の言葉を思い出す。

亡命者 ザ・ジョーカー

亡命者 ザ・ジョーカー

  • 作者: 大沢 在昌
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2005/10/25
  • メディア: 単行本

――常に憐憫の情を大切にしたいと思っている文鳥