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2007年3月28日 (水)

『スーダラ節』よ永遠に

植木等氏が亡くなった。享年80歳。

植木等氏はクレイジーキャッツのもとメンバーで、60年代の高度成長期、日本全体が豊かな生活を夢見て馬車馬のようにわき目も振らずに猛進していた時代を皮肉り、かつ逆説的に応援するようなギャクで一世を風靡したエンターテイナーだった。(コメディアンというには多芸すぎる)

『スーダラ節』『はいそれまでよ』『わかっちゃいるけどやめられない』等の迷曲?を唄い、『シャボン玉ホリデー』等の番組でお茶の間に笑いを提供したこと数知れずだが、私の場合、彼への一番の思い出は幼少の頃に観た彼主演の映画だった。私は幼少の頃(昭和30~40年代)映画館で育てられた人間なのでヒマさえあれば映画を見ていた。その頃に観た映画の中で一番のお気に入りは東映動画だったが、その次がクレイジーキャッツが出演するお笑い映画だった。もちろん内容は大人向けのギャグだったので、その内容は幼少の自分には理解できなかったが、植木等が画面一杯に唄い、踊り、まわりの人間を振り回すその様は幼心に『なんて面白いおじちゃんなんだ。こんなおじちゃんが側にいるといいなぁ……』という親近感と、同時に憧れにもにた感情をもったものだ。

幼い頃には理解できなかった彼主演の映画だったが、大人になって『無責任シリーズ』等をあらためて鑑賞してみると、笑いの影に隠れたメッセージを理解することができる。サラリーマンに対する愛情や優しさ、夢への応援もさることながら、同時に『無責任』という極端な価値観を使い、働き詰のサラリーマンの日常を笑い飛ばすことによって生み出す『本当の豊かな人生って、金やモノだけじゃないと思うけどな』というメッセージも。

もちろん、彼の存在は故:青島幸男氏という存在なしには語ることはできない。彼の存在なしには『植木等』というエンターティナーはありえなかっただろう。

青島幸男氏が去り、そしてその後を追うように植木等氏もこの世を去った。二人はあの世で再開するのだろうか? もし再開したら、今度は神様相手に無責任神様シリーズなんか企てるのかな?……なんて、冗談を妄想していたら急に寂しくなってきた。

また、『私の昭和』がひとつ消えて行った。
そして、『私の昭和』の思い出がひとつ増えた。

昭和の幼少の頃の私に笑いと憧れを授けてくれた植木等氏に感謝したい。

氏のご冥福を心よりお祈りいたします。

 

【追記】彼の歌で一番すきなのは『だまって俺についてこい』かな。

ぜにのないやつぁ 俺んとこへこい
俺もないけど 心配するな
見ろよ 青い空 白い雲
そのうちなんとかなるだろう

――落ち込んだときに、よくこの歌を口ずさんでは自分を励ましていたものです。

 

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