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2006年2月26日 (日)

16年ぶりの再会

メディア芸術祭へ行った後になつかしい人と再会しました。16年ぶりに再会したそのTさんは昔、私がエニックスに入社して初めて手がけたパソコンゲーム『バーニング・ポイント』のスタッフ(企画者)でした。

当時はまだまだ若いアマチュアさんでしたが、再会したTさんは、今ではあの六本木ヒルズの中に入っている某有名モバイル会社でモバイル・ゲームのプロデューサーになっておられました。(いやぁ、出世しましたねぇ…)

Tさんの同僚のSさんも合流され、ゴールデン街のセキュリティーの効く店で会食しました。(どうしても業界の裏話が出ますから注意しないといけないのです)

モバイル・ゲーム業界の現状とこれから等、とても参考になる話をお聞きすることができ、とても有意義なひと時を過ごすことができました。

話の中でポイントとなったのは、ゲームをとりまく環境が大きく変化し、『業界は一巡したのではないか』ということ。一巡とは、ゲームを作る状況が20年前のコンシューマ黎明期に似てきたということです。まず、ゲーム制作について。ゲームを作るという行為が一部のゲーム会社の特権ではなくなり、『フラッシュ』等の便利なツールの一般化に伴って、アマチュアレベルでもかなりおもしろい作品が作れるようになったこと。あと、ビジネスモデルがネットやモバイルの一般ユーザへの浸透により、かなりフレキシブルになってきたこと。つまり、20年近く前のエニックスに似てきたということです。20年前のエニックスは、『アマチュアの才能』と『過去に形にこだわらないフレキシブルなビジネスモデル』を使ってその会社の勢いを一気に上げてゆきました。エニックスは隠れた将来性のある若い才能をすぐに拾い上げ、育て、そしてビジネスに繋げていった先駆者的会社でした。若い会社であったがゆえにできるフレキシブルさです。

それから20年。業界は肥大化してその維持の方を優先するあまりフレキシブルさがなくなってきました。(これは構造的にも仕方がありません) それがゲームという作品に影響しはじめ、ゲームが『あたらしい才能を具現化したもの』ではなく、『会社を維持する為の商材』となってしまったのです。結果、昨今のゲームという商品の閉鎖感に繋がっていったと私は思います。ところが、ここ2、3年のネットやモバイルの進化、それに対する一般ユーザーの意識の急激な変化により、再び、新しいフレキシブルな動きが始まりました。そう、今の状況は20年前とよく似ているのです。

歴史は繰り返すとは言ったもんです。これからのゲーム業界を動かしてゆくコンテンツは、古参のプロではなく、ネット等で自由な発想でフリーゲーム等を発表したり、メディアアートなどで発掘されたアマチュアの斬新な才能が動かしてゆくだろうと予測します。

プロはうかうかしていられません。以前、オタキングこと岡田斗司夫氏が『プチクリ』を提案されましたが、その考え方も含め、今までに無い新しいクリエイティブな動きがゲームに限らず『ものつくり』の現場にやってくるような気がします。『ものつくり』のルネッサンスでしょうか? そのトリガーは開放地区であるネットやモバイルなんかじゃないか?と、この日のTさんとSさんの話を聞きながら想像しました。

有意義な一日でした。 Tさん、Sさん、ありがとうございました。今度は六本木ヒルズで!

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